妊婦の50%以上が、妊娠中に処方薬や市販薬(処方なしで購入できる薬剤)を服用したり、社会的薬物(タバコやアルコール)または違法薬物を使用しており、妊娠中の薬の使用は増えてきています。一般に、薬の多くは胎児に害を及ぼす可能性があるため、妊娠中は、必要な場合を除いて、薬剤を使用すべきではありません。病気や症状の治療に使用された薬剤が原因で発生する先天異常は全体の2~3%未満です。
母体と胎児の健康にとって薬が不可欠な場合もあります。そのような場合には薬剤を使用するリスクと効果について、医師や医療従事者から十分に説明を受けるべきです。妊娠中はすべての薬剤(市販薬を含む)や栄養補助食品(薬用ハーブを含む)について、服用する前に必ず医療従事者に相談すべきです。妊娠中は特定のビタミン剤やミネラルの服用を医療従事者から勧められることがあります。
妊婦が服用した薬は、胎児の成長と発達に必要な酸素や栄養と同様に、主に胎盤を通過して胎児に達します。しかし、胎盤を通過しない薬でも、子宮や胎盤に影響が及ぶことで胎児に害を及ぼす可能性があります。
妊娠中に妊婦が使用した薬は、以下のように様々な形で胎児に影響を及ぼす可能性があります。
胎児に直接作用して、障害、発達異常(および、その結果起こる 先天異常 先天異常の概要 先天異常あるいは先天奇形とは、出生前の段階で生じた身体的な異常のことです。それらの異常は通常、出生時か生後1年以内に明らかになります。 多くの先天異常は原因不明ですが、感染、遺伝的要因、そして特定の環境要因が先天異常の発生リスクを高めます。 出生前の段階では、母親がもつ危険因子と超音波検査の結果のほか、ときに血液検査、... さらに読む )、死亡の原因になることがあります。
胎盤の機能に影響を与えることがあり、これは通常、血管が収縮し、母体から胎児への酸素と栄養の供給が減少することによるものです。これにより、ときに胎児の低体重や発育不全が生じます。
子宮の筋肉を強く収縮させることもあり、それにより血液の供給が減ったり、 早期の陣痛 切迫早産 妊娠37週以前に起こる陣痛は切迫早産とみなされます。 早産児として生まれた新生児には、深刻な健康上の問題が生じる可能性があります。 切迫早産の診断は通常明らかです。 安静にしたり、ときには薬剤を用いて、分娩を遅らせます。 抗菌薬やコルチコステロイドも必要な場合があります。 さらに読む を誘発して早産になったりすることで、胎児に間接的な悪影響を及ぼします。
胎児に間接的に影響を与えることもあります。例えば、母体の血圧を下げる薬剤は胎盤への血流を減少させ、それにより胎児への酸素と栄養の供給が減少します。
薬が胎盤を通過する仕組み
胎児の血管の一部は、胎盤から子宮壁内に伸びた毛髪様の微細な突起(絨毛)の中を通っています。母体の血液は絨毛の周囲の空間(絨毛間腔)を流れています。絨毛間腔にある母体の血液と絨毛内を流れる胎児の血液は、ごく薄い膜(胎盤膜)で隔てられているだけです。母体の血液中の薬がこの膜を通って絨毛内の血管へ移行し、臍帯を経て胎児に到達する可能性があります。 |
薬が胎児に与える影響は、以下によって異なります。
胎児の発達段階
薬の作用の強さおよび用量
胎盤の透過性(物質が胎盤をどれぐらい簡単に通過するか)
母体に関連するその他の要因(例えば、妊婦に嘔吐があると吸収する薬の量が少なくなり、胎児がさらされる薬の量も少なくなる)
最近まで、米国食品医薬品局(FDA)は、妊娠中の使用が胎児に及ぼすリスクに応じて、薬剤を5つのカテゴリーに分類していました。薬剤の分類は、最もリスクが低いものから、非常に毒性が強く重度の先天異常を引き起こすために妊娠中は絶対に使用してはならないものまでに分かれていました。サリドマイドは非常に毒性が強い薬剤の1例です。この薬剤は、妊娠中に服用した女性から生まれた子どもに四肢の著しい発育不全や腸、心臓、血管の異常を引き起こしました。
FDAの分類システムは、大半が動物試験の情報に基づくもので、こういった情報はしばしば、人間に適用できないものです。例えば、一部の薬剤(メクリジンなど)は動物に先天異常を引き起こすものの、人間には同様の影響が認められていません。吐き気と嘔吐のために妊娠中にメクリジンを使用することによって、先天異常の子どもが生まれるリスクが上昇することはないとみられています。妊婦を対象とする適切なデザインによる研究はほとんど行われていないため、FDAの分類がこのような研究に基づいているのは、かなりまれな場合です。したがって、この分類システムを個々の状況に適用するのは困難でした。
この問題のため、FDAは5つのリスク分類を撤廃しました。その代わりに、現在FDAは、各薬剤を妊娠中に服用することのリスクについて、より多くの情報を薬剤のラベルに表示するよう義務づけています。この情報には、以下のものがあります。
妊娠中および授乳中の薬剤使用におけるリスク
このようなリスクを特定した科学的根拠
医療従事者が妊娠中に薬剤を使用すべきであるかを判断し、薬剤を使用することのリスクと便益を妊婦に説明するために役立つ情報
典型的に、医療従事者は以下の一般的原則に従います。
潜在的便益が知られているリスクを上回る場合にのみ、病気の治療のために妊婦に薬剤を投与することを検討する。
多くの場合、妊娠中に害を及ぼす可能性が高い薬剤の代わりに、安全性の高い薬剤が利用できます。血栓予防のための抗凝固薬には、ワルファリンよりヘパリンが選択されます。抗菌薬にもペニシリンなど、感染症の治療に安全に使用できるものがいくつかあります。
薬剤の中には、使用を中止した後も影響が続くものがあります。例えば皮膚疾患の治療に使用されるイソトレチノインは、皮下脂肪に蓄積されて時間をかけて少しずつ放出されます。イソトレチノインの場合、使用を中止してから2週間以内に妊娠すると先天異常を引き起こすことがあります。このため女性は薬剤の使用中止後、少なくとも3~4週間は妊娠を控えた方がよいと助言されます。
妊娠中のワクチン
予防接種 予防接種の概要 予防接種(ワクチン接種)は、特定の細菌やウイルスが原因で起こる病気から体を守る助けとなります。 免疫(特定の細菌やウイルスによって引き起こされる病気から自らを守る体に備わった能力)には、細菌やウイルスにさらされることで自然に生じるものと、ワクチン接種を受けることで人為的に得られるものがあります。ある病気に対してワクチンを接種すると、その病... さらに読む は、妊娠していない女性と同様に妊婦においても効果的です。
生きたウイルスを使って製造される生 ワクチン 予防接種の概要 予防接種(ワクチン接種)は、特定の細菌やウイルスが原因で起こる病気から体を守る助けとなります。 免疫(特定の細菌やウイルスによって引き起こされる病気から自らを守る体に備わった能力)には、細菌やウイルスにさらされることで自然に生じるものと、ワクチン接種を受けることで人為的に得られるものがあります。ある病気に対してワクチンを接種すると、その病... さらに読む (風疹ワクチン 麻疹・ムンプス・風疹混合ワクチン 麻疹・ムンプス・風疹(MMR)混合ワクチンは、この3種の重篤なウイルス感染症を予防するためのワクチンです。このワクチンには、麻疹(はしか)、ムンプス(流行性耳下腺炎、おたふくかぜ)、風疹の生きたウイルスが弱毒化されて含まれています。これらのいずれかの病気に対する予防が必要な人は、他の2つに対する予防も必要になることから、この混合ワクチンが... さらに読む や 水痘ワクチン 水痘ワクチン 水痘ワクチンは、水痘帯状疱疹ウイルスが引き起こす非常に伝染しやすい感染症である、 水痘(水ぼうそう)の予防に役立ちます。水痘にかかると、皮膚に赤い発疹ができ、その後かゆみのある小さな水疱が生じます。場合によっては、脳、肺、心臓に感染し、重篤な病気や死亡の原因になることがあります。水痘が治った後もウイルスは体内に残ります。何年か後に再び活性... さらに読む など)は、妊娠している場合や妊娠の可能性がある場合には投与されません。
その他のワクチン(コレラ ワクチン コレラは、コレラ菌( Vibrio cholerae)という グラム陰性細菌によって引き起こされる重篤な腸の感染症で、重度の下痢がみられ、治療を行わないと死に至る可能性があります。 汚染された食べもの(貝類が多い)や水によって感染が起こります。 衛生状態が不十分な地域以外でコレラが起こることはまれです。... さらに読む 、 A型肝炎 A型肝炎ワクチン A型肝炎ワクチンは A型肝炎の予防に役立ちます。一般的に、A型肝炎は B型肝炎ほど重篤ではありません。A型肝炎は無症状の場合もよくありますが、発熱、吐き気、嘔吐、黄疸がみられることや、まれに重度の肝不全や死亡に至ることもあります。 慢性肝炎にはなりません。 ワクチンの使用によって、感染者数が減少しました。... さらに読む 、B型肝炎 A型肝炎ワクチン A型肝炎ワクチンは A型肝炎の予防に役立ちます。一般的に、A型肝炎は B型肝炎ほど重篤ではありません。A型肝炎は無症状の場合もよくありますが、発熱、吐き気、嘔吐、黄疸がみられることや、まれに重度の肝不全や死亡に至ることもあります。 慢性肝炎にはなりません。 ワクチンの使用によって、感染者数が減少しました。... さらに読む 、ペスト、 狂犬病 予防 狂犬病は、動物によって媒介されるウイルス感染症で、脳と脊髄に炎症を引き起こします。狂犬病ウイルスが脊髄や脳に達すると、ほぼ必ず死に至ります。 このウイルスは通常、人が感染した動物に咬まれることで人に感染しますが、米国ではコウモリに咬まれることで感染するのが多いのに対し、イヌに対する狂犬病ワクチンの接種が義務化されていない国では、イヌが感染... さらに読む 、 腸チフス ワクチン接種 腸チフスは、 グラム陰性細菌であるサルモネラ属( Salmonella)細菌の特定の菌種によって引き起こされます。一般的には、高熱と腹痛が現れます。 腸チフスは、感染者の便や尿で汚染された食べものや水を飲食することで感染します。 インフルエンザ様の症状が起こり、その後にせん妄、せき、極度の疲労、ときに発疹、下痢が起こることが... さらに読む のワクチンなど)は、その感染症の発症リスクがかなり高く、かつそのワクチンによる副作用のリスクが低い場合に限り妊婦に投与されます。
ただしインフルエンザの流行期には、第2トリメスターまたは第3トリメスターの妊婦は全員、 インフルエンザワクチン インフルエンザワクチン インフルエンザウイルスワクチンは インフルエンザの予防に役立ちます。米国では、A型とB型の2種類のインフルエンザウイルスが定期的にインフルエンザの季節的流行を引き起こしています。どちらの種類にも、多くのウイルス株が存在します。インフルエンザの大流行を引き起こすウイルス株は毎年変わります。このため、毎年新しいワクチンが必要になります。それぞ... さらに読む の接種を受けるべきです【訳注:第2トリメスターは日本でいう妊娠中期に、第3トリメスターは妊娠後期にほぼ相当】。
すべての妊婦は、 ジフテリア・破傷風・百日ぜき混合ワクチン(Tdap) ジフテリア・破傷風・百日ぜき混合ワクチン ジフテリア・破傷風・百日ぜき混合ワクチンは、この3つの病気を予防するためのワクチンです。 ジフテリアにかかると、通常はのどや口の中の粘膜に炎症が起きます。ジフテリアの原因菌は毒素を放出し、心臓、腎臓、神経系を侵すことがあります。ジフテリアはかつて小児の死因の上位を占めていました。... さらに読む を各妊娠中、27週~36週の間に受けるべきです。このワクチンは、 百日ぜき 百日ぜき 百日ぜきは、百日ぜき菌( Bordetella pertussis)という感染力の強い グラム陰性細菌によって引き起こされる感染症で、せき込みが起こり、通常はそれに続いて、息を深く吸い込む際に長く高い音(笛声)が出るという一連のせきの発作がみられます。 百日ぜきは通常、小児と青年にみられます。... さらに読む を予防します。
CDCは5歳以上のすべての人に COVID-19のワクチン接種 COVID-19ワクチン 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のワクチンは、COVID-19に対する予防効果をもたらします。 COVID-19は、SARSコロナウイルス2(SARS-CoV-2)の感染によって引き起こされる病気です。現在、COVID-19に対する複数のワクチンが世界中で使用されています(COVID-19ワクチンの最新動向[COVID-19... さらに読む を推奨しており、これには妊婦、授乳中の人、現在妊娠しようとしている人、将来妊娠する可能性のある人も含まれます。妊娠中のCOVID-19のワクチン接種の安全性と有効性に関する証拠が増えつつあります。それらのデータから、COVID-19のワクチン接種を受けることによる便益が、妊娠中のワクチン接種の明らかになっているリスクや予想されるリスクを上回ることが示唆されています。( CDC:妊娠中または授乳中のCOVID-19ワクチン[CDC: COVID-19 Vaccines While Pregnant or Breastfeeding]も参照のこと)
妊娠中に心臓と血管の病気の治療のために用いられる薬剤
妊娠前から高血圧があった場合や、妊娠中に高血圧が生じた場合には、血圧を下げる薬(降圧薬 薬物療法 高血圧とは、動脈内の圧力が恒常的に高くなっている状態のことです。 高血圧の原因は不明のことも多いですが、腎臓の基礎疾患や内分泌疾患によって起こる場合もあります。 肥満、体を動かさない生活習慣、ストレス、喫煙、過度の飲酒、食事での過剰な塩分摂取などはすべて、遺伝的に高血圧になりやすい人の高血圧の発症に何らかの形で関与しています。... さらに読む )が必要になることがあります。どちらの場合も高血圧により母体の問題(妊娠高血圧腎症 妊娠高血圧腎症および子癇 妊娠高血圧腎症は、妊娠20週以降に新たに発症する高血圧または既存の高血圧の悪化で、過剰な尿タンパク質を伴うものです。子癇(しかん)は妊娠高血圧腎症の女性に起こるけいれん発作で、ほかに原因がないものをいいます。 妊娠高血圧腎症によって胎盤剥離や早産が起こりやすくなり、出生直後の新生児に問題が生じるリスクが高まります。... さらに読む など)および胎児の問題が生じるリスクが高まります(妊娠中の高血圧 妊娠中の高血圧 妊娠中の 高血圧は以下のいずれかに分類されます。 慢性高血圧:妊娠前から血圧が高かった場合です。 妊娠高血圧:妊娠20週以降に初めて血圧が高くなった場合です(通常37週以降)。このタイプの高血圧は一般的に、分娩後6週間以内に解消します。 妊娠高血圧腎症は妊娠中に発症する高血圧の一種で、タンパク尿を伴います。妊娠高血圧腎症は、他の高血圧とは... さらに読む のページを参照)。しかし妊婦の血圧が降圧薬により急速に低下すると、胎盤に流れ込む血液量が大幅に減少する可能性があります。このため妊婦が降圧薬を服用しなければならない場合には、注意深くモニタリングします。
アンジオテンシン変換酵素(ACE)阻害薬やサイアザイド系利尿薬など、いくつかのタイプの降圧薬は通常、妊婦には投与されません。これらの薬剤は、腎障害、 発育不全 在胎不当過小児 同じ在胎期間で生まれた新生児の90%が占める体重分布よりも体重が軽い(10パーセンタイル未満)新生児は、在胎期間に比べて小さい(在胎不当過小)とみなされます。 両親が小柄である、胎盤が正常に機能しなかった、母親に病気がある、母親が薬を飲んでいる、母親が妊娠中に喫煙した、飲酒したなどの場合に、新生児の体重が小さくなります。... さらに読む (出生前に胎児が十分に成長しない)、先天異常など、胎児に深刻な問題を引き起こすことがあります。スピロノラクトンも妊婦には投与されません。この薬剤は、男子胎児において女性的特徴の発達(女性化)を生じさせる可能性があります。
心不全 心不全 や一部の 不整脈 不整脈の概要 不整脈とは、一連の心拍が不規則、速すぎる(頻脈)、遅すぎる(徐脈)、あるいは心臓内で電気刺激が異常な経路で伝わるなど、心拍リズムの異常のことをいいます。 不整脈の最も一般的な原因は心臓の病気(心疾患)です。 自分で心拍リズムの異常に気づくこともありますが、ほとんどの人は、脱力感や失神などの症状が起きるまで不整脈を自覚しません。... さらに読む の治療薬であるジゴキシンは胎盤を通過しやすい薬剤ですが、通常の用量では、出生前、出生後ともにジゴキシンの胎児への影響はほとんどみられません。
妊娠中の抗うつ薬
抗うつ薬 うつ病に対する薬物療法 遷延性悲嘆症についての短い考察。 うつ病とは、悲しみを感じたり、活動に対する興味や喜びが減少したりする症状がその人の社会生活を困難にするほど強くなり、病気になった状態です。喪失体験などの悲しい出来事の直後に生じることがありますが、悲しみの程度がその出来事とは不釣り合いに強く、妥当と考えられる期間より長く持続します。... さらに読む 、特にパロキセチンなどの選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、妊娠中によく使用されます。よく使用されるのは、約7~23%の妊婦にうつ病がみられるためです。妊婦にとっては、通常、うつ病を治療する有益性の方がリスクを上回ります。
パロキセチンは心臓の先天異常のリスクを高めるようです。そのため、妊婦がパロキセチンを服用している場合、胎児の心臓を評価するために心エコー検査を行う必要があります。しかし、その他のSSRIではこのリスクは上昇しません。
妊婦が抗うつ薬を服用していると、分娩後の新生児に離脱症状(易刺激性、ふるえなど)を起こすことがあります。この症状を予防するため、医師は第3トリメスター中【訳注:日本でいう妊娠後期にほぼ相当】に抗うつ薬の用量を徐々に減らし、分娩前に薬剤を中止することがあります。ただし、妊婦にうつ病の顕著な徴候がみられたり、用量を減らすにつれ症状が悪化する場合には、抗うつ薬を継続すべきです。妊娠中のうつ病は、気分の大きな変動を伴い治療の必要がある 産後うつ病 産後うつ病 産後うつ病とは、分娩後の数週間、あるいは数カ月間、極度の悲しみを感じたり、普段行っていた活動への興味を喪失したりする状態をいいます。 過去にうつ病になったことがある場合、産後うつ病を発症しやすくなります。 産後うつ病になると、極端に悲しくなったり、泣き叫んだり、易怒性や気分の変動がみられたりします。日常活動や子どもへの関心を失うこともあり... さらに読む につながる可能性があります。
妊娠中の抗ウイルス薬
一部の抗ウイルス薬(HIV感染症に対するジドブジンやリトナビルなど)は、妊娠期間中、長年にわたり安全に使用されています。ただし、胎児に問題を引き起こす可能性のある抗ウイルス薬もあります。例えば、第1トリメスター【訳注:日本でいう妊娠初期にほぼ相当】に一部のHIVレジメンと抗ウイルス薬を併用すると、口唇裂と口蓋裂のリスクが高まることを示唆する科学的根拠があります。
妊娠中の女性がCOVID-19に感染した場合、治療チームと自身のリスクおよび便益について話し合い、COVID-19の治療にレムデシビルを使用すべきかどうかを判断する必要があります。一般に、専門家は、妊娠中のレムデシビルの安全性に関する理論上の懸念をもって、妊婦への使用を妨げるべきではないと勧告しています。レムデシビルの胎児への影響に関するデータはほとんどありません。
妊婦がインフルエンザにかかった場合は、症状が現れてから48時間以内にインフルエンザを治療することが最も効果的であるため、できるだけ早く治療を受けるべきです。しかし、感染中のどの時点であっても、治療を行うことで重度の合併症のリスクが低下します。ザナミビルやオセルタミビルの妊婦を対象とした適切なデザインによる研究は行われていません。ただし、観察に基づく多くの研究では、妊婦にザナミビルやオセルタミビルを投与しても、有害な影響が現れるリスクは増加しないことが示されています。他のインフルエンザ薬の妊娠中の使用に関する情報はほとんどないか、まったくありません。
アシクロビルについては、内服でも皮膚に塗る場合でも、妊娠中の使用は安全であると考えられています。
妊娠中の社会的薬物
妊娠中の喫煙(タバコ)
喫煙 喫煙 喫煙は体のほぼすべての臓器に害を及ぼします。 喫煙により、心臓発作、肺がん、慢性閉塞性肺疾患(COPD)などの病気のリスクが高まります。 ニコチンはタバコに含まれる依存性の強い物質です。 ニコチンの使用をやめた人は、離脱期間中イライラし、不安で、悲しく、落ち着きのない状態になることがあります。... さらに読む は母体と胎児の双方に有害であるにもかかわらず、妊娠中に禁煙できるのは喫煙習慣のある女性の20%程度にとどまっています。
喫煙が胎児に及ぼす影響のうち最も一貫して生じるのは、以下のものです。
妊娠中の喫煙量が多ければ多いほど、出生時の体重は軽くなる可能性が高くなります。妊娠中に喫煙していた女性から生まれた新生児の平均出生体重は、喫煙しない妊婦から生まれた新生児と比べて170グラムほど軽くなります。
心臓、脳、顔面の先天異常は、喫煙習慣のない女性の子どもより喫煙習慣のある女性の子どもに多くみられます。
また、以下のリスクも上昇します。
さらに喫煙習慣のある女性の子どもには、身体の成長や知能と行動の発達において、わずかながら無視できない程度の遅れがみられます。このような影響の原因は一酸化炭素およびニコチンであると考えられています。一酸化炭素は身体組織への酸素の供給を減少させます。ニコチンが子宮や胎盤に血液を供給する血管を収縮させるホルモンの分泌を促すため、胎児に届く酸素や栄養が減少します。
妊娠中の喫煙は有害な影響を及ぼす可能性があるため、妊婦は主治医と対策を話し合うなどして、妊娠中に喫煙しないようあらゆる努力をすべきです。
受動喫煙でも胎児に同様の害が生じる可能性があるため、妊婦は副流煙も避けるべきです。
妊娠中のアルコール
原因が分かっている先天異常の中で、最も多いのが妊娠中の 飲酒 飲酒 アルコール(エタノール)は、中枢神経系の機能を抑制します(脳と神経系の働きを遅くします)。急激または定期的に大量の飲酒をすると、臓器の損傷、昏睡、死亡などの健康上の問題を引き起こす可能性があります。 アルコール関連障害の発症には遺伝的な特性や個人的な性質が関与している場合があります。... さらに読む によるものです。胎児性アルコール症候群を引き起こす飲酒量は不明であるため、妊娠中はすべてのアルコールについて定期的な飲酒および大量飲酒を控えることが勧められます。一切の飲酒をしない方が、より安全です。
妊娠中の飲酒により 流産 流産 流産とは、妊娠20週未満で胎児が失われることです。 胎児側の問題(遺伝性疾患や先天異常など)によっても母体側の問題(生殖器の構造的異常、感染症、コカインの使用、飲酒、喫煙、けがなど)によっても流産が起こりますが、多くの場合、原因は不明です。 出血や筋けいれんが起こることがありますが、特に妊娠して週数が経過している場合にはよく起こります。... さらに読む のリスクはほぼ倍増します。この影響はアルコールの種類と無関係であり、とりわけ飲酒量が多い場合にはリスクが高まります。
妊娠中に定期的に飲酒をしていた女性から生まれた新生児の出生体重は、正常をかなり下回ることが多くなります。米国における平均出生体重は約3200グラムですが、大量のアルコールにさらされた新生児では約1800グラムです。妊娠中に飲酒していた女性から生まれた新生児は、正常な発育が得られないことがあり、出生後まもなく死亡する可能性が高くなります。
胎児性アルコール症候群は、妊娠中の飲酒によって生じる最も深刻な結果の1つです。1日にわずか3ドリンクの大量飲酒で胎児アルコール症候群が生じる可能性があります。米国では出生児1000人当たりおよそ2人の割合で発生しています。この症候群では、以下がみられます。
知的障害
行動発達の異常
妊娠中に飲酒していた女性から生まれた乳児や小児には、反社会的行動や 注意欠如・多動症 注意欠如・多動症(ADHD) 注意欠如・多動症(注意欠陥/多動性障害とも呼ばれます)(ADHD)は、注意力が乏しいか注意の持続時間が短い状態、年齢不相応の過剰な活動性や衝動性のため機能や発達が妨げられている状態、あるいはこれら両方に該当する状態です。 ADHDは脳の病気で、生まれたときからみられる場合もあれば、出生直後に発症する場合もあります。... さらに読む (注意欠陥/多動性障害とも呼ばれます)などの重大な行動面の問題が生じることがあります。こうした問題は、身体的に明らかな先天異常がなくても生じることがあります。
妊娠中のカフェイン
妊娠中のカフェイン摂取が胎児に害を及ぼすかどうかは明らかでありません。これまでに示唆されている科学的根拠によると、妊娠中に少量のカフェイン(1日にコーヒー1杯など)を摂取しても胎児へのリスクはないか、影響があってもごくわずかであるようです。
カフェインはコーヒー、茶、一部の炭酸飲料、チョコレート、一部の薬剤などに含まれる刺激物で、胎盤を容易に通過して胎児に到達します。
1日に7杯を超えるコーヒーを飲んだ場合に 死産 死産 死産とは妊娠20週以降に胎児が死亡することです。 死産は母体、胎盤、または胎児の問題から生じることがあります。 医師は血液検査を行って死産の原因の特定を試みます。 死亡した胎児が排出されない場合は、子宮から内容物の排出を促す薬剤を母体に投与するか、頸管拡張・内容除去という方法により子宮内容物を外科的に除去します。... さらに読む 、 早産児の出産 早産児 早産児とは、在胎37週未満で生まれた新生児のことです。生まれた時期によっては、早産児の臓器は発達が不十分で、子宮外で機能する準備がまだできていないことがあります。 早産の既往、多胎妊娠、妊娠中の栄養不良、出生前ケアの遅れ、感染症、生殖補助医療(体外受精など)、高血圧などがある場合、早産のリスクが高くなります。... さらに読む 、 低体重児の出産 在胎不当過小児 同じ在胎期間で生まれた新生児の90%が占める体重分布よりも体重が軽い(10パーセンタイル未満)新生児は、在胎期間に比べて小さい(在胎不当過小)とみなされます。 両親が小柄である、胎盤が正常に機能しなかった、母親に病気がある、母親が薬を飲んでいる、母親が妊娠中に喫煙した、飲酒したなどの場合に、新生児の体重が小さくなります。... さらに読む 、 流産 流産 流産とは、妊娠20週未満で胎児が失われることです。 胎児側の問題(遺伝性疾患や先天異常など)によっても母体側の問題(生殖器の構造的異常、感染症、コカインの使用、飲酒、喫煙、けがなど)によっても流産が起こりますが、多くの場合、原因は不明です。 出血や筋けいれんが起こることがありますが、特に妊娠して週数が経過している場合にはよく起こります。... さらに読む のリスクが上昇する可能性を示した科学的根拠があります。
コーヒーの摂取量を抑え、可能なときにはカフェインが除去された飲料を摂取することを勧める専門家もいます。
妊娠中のアスパルテーム
人工甘味料のアスパルテームは、食品や飲料に甘味料として通常使用されている程度の少量であれば、妊娠中に摂取しても安全とみられています。例えば、妊婦は1日に摂取するダイエットソーダを1リットル以下にすべきです。
妊娠中の違法薬物
妊娠中に違法薬物(特にオピオイド)を使用すると、妊娠中に合併症を引き起こしたり、発育中の胎児や新生児に深刻な問題が生じるおそれがあります。妊婦が違法薬物を注射すると、胎児に影響を与えたり胎児に感染したりするおそれのある感染症のリスクが高まります。このような感染症には 肝炎 肝炎の概要 肝炎とは肝臓の炎症です。 ( 急性ウイルス性肝炎の概要と 慢性肝炎の概要も参照のこと。) 肝炎は世界中でみられる病気です。 肝炎には以下の種類があります。 急性(経過が短い) さらに読む や HIV感染症 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症 ヒト免疫不全ウイルス(HIV)感染症とは、ある種の白血球を次第に破壊し、後天性免疫不全症候群(エイズ)を引き起こすことのあるウイルス感染症です。 HIVは、ウイルスやウイルスに感染した細胞を含む体液(血液、精液、腟分泌液)と濃厚に接触することで感染します。 HIVはある種の白血球を破壊し、感染症やがんに対する体の防御機能を低下させます。... さらに読む (エイズを含む)があります。また妊婦が違法薬物を使用すると、胎児の発育不全が生じやすくなり、早産児として生まれる可能性が高くなります。
妊娠中のアンフェタミン類
妊娠中に アンフェタミン類 アンフェタミン類 アンフェタミン類は、特定の病状の治療に使用される中枢刺激薬ですが、乱用されることもあります。 アンフェタミン類には覚醒作用があり、身体機能を高め、高揚感や幸福感をもたらします。 アンフェタミン類には食欲を抑える作用があるため、体重を減らす目的で不適切にアンフェタミン類を使用する人もいます。... さらに読む を使用すると、先天異常(特に心臓の)が生じたり、出生前に胎児が十分に成長しない可能性があります。
妊娠中のバスソルト
バスソルトはアンフェタミンに類似した様々な物質から作られる合成麻薬の一群を指します。これらの薬物を使用する妊婦が増えてきています。
胎児の血管を収縮させ、胎児が受け取る酸素の量を減らす可能性があります。
また、これらの薬物は以下のリスクを高めます。
妊娠中のコカイン
妊娠中に摂取した コカイン コカイン コカインは、植物のコカの葉から作られる、依存性のある中枢刺激薬です。 コカインは、強い覚醒作用があり、人々に多幸感をもたらし、自分たちには力があると感じさせる強い刺激物です。 大量に摂取すると、 心臓発作や 脳卒中など、生命を脅かす重篤な病態を引き起こす可能性があります。 診断は尿検査により確定します。... さらに読む が原因で、子宮と胎盤へ血液を供給する血管が狭くなる(収縮)ことがあります。つまり、胎児への酸素と栄養の供給が少なくなります。
妊婦がコカインを習慣的に使用すると、以下のリスクが上昇します。
ただし、コカインがこうした問題の原因であるかどうかは不明です。例えば、コカインを使用する女性に多くみられる危険因子が原因である可能性もあります。こういった危険因子としては、喫煙、コカイン以外の違法薬物の使用、不十分な出生前ケア、貧困などがあります。
妊娠中の幻覚剤
幻覚剤 幻覚剤 幻覚剤は、人の知覚に大きなゆがみを引き起こす薬物の一種です。 幻覚剤は感覚をゆがめたり強めたりしますが、実際の影響は多様で、予測困難です。 最大の危険は、精神的な影響とその影響がもたらす判断力の低下です。大半の人は幻覚を見ていることを客観的に自覚しています。 診断は、医師による評価に基づいて下されます。... さらに読む は、薬剤の種類により以下のリスクを上昇させる可能性があります。
流産
早産
幻覚剤にはメチレンジオキシメタンフェタミン(MDMA、通称エクスタシー)、ロヒプノール、ケタミン、メタンフェタミン、LSD(リゼルグ酸ジエチルアミド)などがあります。
妊娠中のマリファナ
妊娠中の マリファナ マリファナ マリファナ(大麻)は植物のカンナビス・サティバ Cannabis sativaとカンナビス・インディカ Cannabis indicaからつくられる薬物で、デルタ-9-テトラヒドロカンナビノール(THC)と呼ばれる、精神活性作用のある化学物質が含まれています。... さらに読む の使用が胎児に害を及ぼすかどうかは分かっていません。マリファナの主成分であるテトラヒドロカンナビノールは胎盤を通過するため、胎児に影響を及ぼす可能性があります。しかし、少量のマリファナの使用が先天異常のリスクを高めたり、胎児の成長を遅らせたりすることはないようです。
マリファナは妊娠中に大量に使用しない限り、新生児に行動面の問題が生じることはありません。
妊娠中のオピオイド
オピオイド オピオイド オピオイドは、ケシに由来する薬物(合成のバリエーションを含む)の種類で、誤用される可能性の高い鎮痛薬です。 オピオイドは痛みの緩和に使用されますが、過度の幸福感ももたらし、使いすぎると依存症や嗜癖になります。 オピオイドを大量摂取すると、通常、呼吸停止により致死的となる可能性があります。... さらに読む は痛みの緩和に使用されますが、過度の幸福感ももたらし、使いすぎると依存症や嗜癖になる可能性があります。
ヘロイン、メサドン、モルヒネなどの オピオイド オピオイド オピオイドは、ケシに由来する薬物(合成のバリエーションを含む)の種類で、誤用される可能性の高い鎮痛薬です。 オピオイドは痛みの緩和に使用されますが、過度の幸福感ももたらし、使いすぎると依存症や嗜癖になります。 オピオイドを大量摂取すると、通常、呼吸停止により致死的となる可能性があります。... さらに読む は胎盤を容易に通過します。このため胎児が中毒となり、生後6時間から8日間に 離脱症状 離脱症状 オピオイドは、ケシに由来する薬物(合成のバリエーションを含む)の種類で、誤用される可能性の高い鎮痛薬です。 オピオイドは痛みの緩和に使用されますが、過度の幸福感ももたらし、使いすぎると依存症や嗜癖になります。 オピオイドを大量摂取すると、通常、呼吸停止により致死的となる可能性があります。... さらに読む が起こることがあります。しかしオピオイドの使用が原因で先天異常が生じることはめったにありません。
妊娠中にオピオイドを使用すると以下のような妊娠中の合併症のリスクが高くなります。
流産
早産
ヘロイン使用者から生まれた子どもは体が小さいことが多いです。
陣痛・分娩時に使用される薬剤
妊娠中の痛みの緩和に用いられる薬剤 痛みの緩和 陣痛とは、胎児を子宮の下部(子宮頸部)から産道(腟)を経て徐々に外側に押し出すために発生する、規則的で次第に強まっていく一連の子宮の収縮のことです。 ( 陣痛と分娩の概要も参照のこと。) 分娩は大きく3つの段階に分けられます。 分娩第1期:陣痛が生じます(第1期には潜伏期と活動期があります)。子宮の収縮によって子宮口(子宮頸部)が徐々に開... さらに読む (局所麻酔薬やオピオイドなど)は通常、胎盤を通過するため、新生児に影響を及ぼす可能性があります。例えば、新生児が呼吸しようとする衝動を弱めてしまう場合があります。したがって、分娩の際にこのような薬物が必要になった場合は、最小有効量を使用します。