骨盤内炎症性疾患は感染しているパートナーとの性交時に感染します。
典型的には、下腹部痛、おりもの、不規則な性器出血(不正出血)が生じます。
診断は、症状と子宮頸部および腟から採取した分泌物の検査結果のほか、ときに超音波検査の結果に基づいて下されます。
セックスパートナーが1人で、性交時にコンドームを使用している場合は、感染のリスクが低下します。
この感染症は抗菌薬で根治させることができます。
骨盤内炎症性疾患は以下の部位の感染症として起こります。
子宮内膜(子宮内膜炎)
卵管(卵管炎)
上記の組合せ
重症の場合は、以下が起こることがあります。
卵巣に広がる(卵巣炎)
卵管に膿がたまる(卵管卵巣膿瘍)
米国では、骨盤内炎症性疾患は予防可能な 不妊 不妊症の概要 不妊症とは通常、避妊をせずに定期的に性交をしていても1年以上妊娠できずにいる状態と定義されます。 避妊をせず頻回に性交を行えば、通常は以下の割合で妊娠します。 3カ月以内にカップルの50% 6カ月以内にカップルの75% 1年以内にカップルの90% さらに読む の原因の中で最も多くみられるものです。過去に骨盤内炎症性疾患にかかったことがある女性のおよそ8人に1人が妊娠しづらくなります。
過去に骨盤内炎症性疾患にかかったことがある女性の3人に1人程度に再発がみられます。
骨盤内炎症性疾患は通常、性的に活動的な女性にみられます。初潮前の女児や妊婦、閉経後の女性にはまれな病気です。以下の場合には骨盤内炎症性疾患のリスクが高まります。
性的に活動的で35歳未満の人
複数、または新しいセックスパートナーがいる人
性感染症 性感染症(STI)の概要 性感染症(性病)とは、例外はあるものの、一般的には性的接触によって人から人に感染する病気のことです。 性感染症を引き起こす病原体の種類としては、細菌、ウイルス、原虫などがあります。 キスや濃厚な体の接触を介して広がる感染症もあります。 感染が体の他の部分に広がり、ときには深刻な結果に至る場合もあります。... さらに読む や 細菌性腟症 細菌性腟症 細菌性腟症は、腟内細菌のバランスが崩れたときに起こる腟感染症です。 性感染症にかかっている人や、複数のセックスパートナーがいる人、子宮内避妊器具を使用している人では、細菌性腟症が起こりやすくなります。 細菌性腟症があると灰色や白色で生臭い匂いのあるサラサラした分泌物が大量にみられることがあります。 症状から腟感染症が疑われる場合は、おりものや子宮頸部の分泌液のサンプルを検査して、感染症を引き起こす微生物の有無を調べます。... さらに読む にかかっている人
過去に骨盤内炎症性疾患にかかったことがある人
社会経済的地位が低い人(多くの場合、医療を受けられる機会が少ない)
骨盤内炎症性疾患の原因
骨盤内炎症性疾患は通常、腟由来の細菌によって引き起こされます。多くの場合、こうした細菌には、性感染症にかかっているパートナーとの性交中に感染します。性行為によって感染する細菌で最も多いのは以下のものです。
これらの細菌は典型的に、腟から子宮頸部(子宮の下部で腟につながっている部分)に広がり、感染を起こします(子宮頸管炎 子宮頸管炎 子宮頸管炎とは、子宮頸部(子宮の下部で腟につながっている細い部分)の炎症で、感染または別の病気によって発生します。 子宮頸管炎はしばしば性感染症が原因ですが、他の病気が原因のこともあります。 最もよくみられる症状は、普段と違うおりものや月経期以外または性交後の性器出血ですが、症状がみられないこともあります。 症状から子宮頸部感染症が疑われる場合は、綿棒で子宮頸部からサンプルを採取し、感染症を引き起こす微生物の有無を検査します。... さらに読む )。こうした感染症は子宮頸部にとどまることもありますが、ときに上方に広がり、骨盤内炎症性疾患を引き起こします。
骨盤内炎症性疾患は 細菌性腟症 細菌性腟症 細菌性腟症は、腟内細菌のバランスが崩れたときに起こる腟感染症です。 性感染症にかかっている人や、複数のセックスパートナーがいる人、子宮内避妊器具を使用している人では、細菌性腟症が起こりやすくなります。 細菌性腟症があると灰色や白色で生臭い匂いのあるサラサラした分泌物が大量にみられることがあります。 症状から腟感染症が疑われる場合は、おりものや子宮頸部の分泌液のサンプルを検査して、感染症を引き起こす微生物の有無を調べます。... さらに読む の患者に生じることもよくあります。細菌性腟症の原因になる細菌は腟内の常在細菌です。過剰に増殖した場合にだけ症状を引き起こし、他の器官に広がります。性行為によって細菌性腟症に感染するかどうかは分かっていません。
まれに経腟分娩、流産、 子宮内容除去術 頸管拡張・内膜掻爬 医師は、 スクリーニング検査を勧めることがあります。スクリーニング検査とは、症状がない人に対して病気の有無を調べるために行われる検査です。女性に生殖器系に関連する症状(婦人科疾患の症状)がある場合、症状を引き起こしている病気を特定するための検査( 診断目的の検査)が必要になることがあります。 婦人科領域では以下の2つのスクリーニング検査が重要です。 子宮頸がん(子宮の下部のがん)の有無を調べるためのパパニコロウ検査などの細胞診またはヒト... さらに読む などの処置、あるいは婦人科領域の手術の際に細菌が腟に入ったり、腟内の常在細菌が子宮に移動したりして、感染が起こることがあります。
腟洗浄によって感染のリスクが上昇します。
骨盤内炎症性疾患の症状
骨盤内炎症性疾患の症状は、一般に月経の終わりごろや月経が終わって2~3日後に起こります。多くの場合、最初の症状は軽度から中等度の下腹部痛(うずくような痛みであることが多い)で、片側の痛みが強いことがあります。このほかに、不規則な性器出血や腟分泌物などがみられ、分泌物は悪臭を伴うこともあります。
感染が拡大するにつれて、下腹部の痛みが次第に激しくなり、発熱(通常は38.9℃未満)や吐き気、嘔吐を伴うこともあります。その後、さらに熱が高くなり、しばしば分泌物は黄緑色で膿状になります。性交時や排尿時に痛みを感じる人もいます。
重度の感染であっても、症状が軽度であったり、まったくみられないこともあります。淋菌感染症の症状はクラミジア感染症または性器マイコプラズマ(Mycoplasma genitalium)による感染症よりも重症度が高い傾向があり、クラミジア感染症や性器マイコプラズマ感染では分泌物がみられず、ほかに目立った症状がないこともあります。
合併症
骨盤内炎症性疾患は、例えば以下のような他の問題を引き起こすこともあり。
卵管の閉塞
腹膜炎(重篤な腹腔内感症染)
フィッツ-ヒュー-カーティス症候群(肝臓周囲の組織の重篤な感染症)
膿瘍(膿がたまる)
癒着(瘢痕組織)
卵管での妊娠(卵管妊娠)
ときに卵管に感染が起こり、卵管が閉塞を起こすことがあります。閉塞が起こると、液体がたまることで卵管が腫れます。下腹部に圧迫感や慢性的な痛みを感じることもあります。
感染が腹膜(腹腔の内側と腹部臓器を覆っている膜)に広がると 腹膜炎 腹膜炎 腹痛はよく起こりますが、多くの場合軽度です。しかし、強い腹痛が急に起きた場合は、ほとんどが重大な問題であることを示しています。このような腹痛は、手術が必要であることを示す唯一の徴候であるかもしれず、速やかに診察を受ける必要があります。高齢者やHIV感染者、免疫抑制薬(コルチコステロイドなど)を使用している人では、同じ病気の若い成人や健康な成人よりも腹痛が弱いことがあり、病状が重篤な場合でも腹痛がよりゆっくり発症することがあります。幼い子... さらに読む を発症します。腹膜炎では、腹部全体に激しい痛みが突然生じたり、徐々に痛みが強まったりします。
卵管の感染が淋菌感染症やクラミジア感染症によるもので、肝臓周囲の組織に広がるとフィッツ-ヒュー-カーティス症候群を発症します。この感染症では右上腹部に痛みが生じます。この痛みは胆嚢の病気や胆石によるものに似ています。
卵管に感染がある女性の約15%では、特に感染が長期にわたり持続している場合には、卵管または卵巣に膿瘍ができます。ときに膿瘍が破れて膿が骨盤腔に流れ出し、腹膜炎が起こります。破裂すると、下腹部に激しい痛みを起こし、すぐに吐き気や嘔吐、著しい低血圧が起こります(ショック ショック ショックとは、臓器に向かう血流が減少することで、酸素の供給量が低下し、それにより臓器不全やときに死にもつながる、生命を脅かす状態です。通常、血圧は低下しています。 ( 低血圧も参照のこと。) ショックの原因には血液量の減少、心臓のポンプ機能の障害、血管の過度の拡張などがあります。 血液量の減少または心臓のポンプ機能の障害によってショックが起きると、脱力感、眠気、錯乱が生じ、皮膚が冷たく湿っぽくなり、皮膚の色が青白くなります。... さらに読む )。感染が血液に広がると(敗血症 敗血症と敗血症性ショック 敗血症は、 菌血症やほかの感染症に対する重篤な全身性の反応に加えて、体の重要な臓器に機能不全が起きている状態です。敗血症性ショックは、敗血症のために生命を脅かすほどの血圧の低下( ショック)と臓器不全が起きている病態です。 通常、敗血症は特定の細菌に感染することで起こり、病院内での感染が多くみられます。 免疫系の機能低下、特定の慢性疾患、人工関節や人工心臓弁の使用、特定の心臓弁の異常といった特定の条件に当てはまると、リスクが高くなります... さらに読む )、死に至ることがあります。これは緊急の治療を要する事態です。
癒着は異常な瘢痕組織です。骨盤内炎症性疾患により膿状の液体が生じているときに起こることがあります。膿状の液体が組織を刺激し、これが原因で生殖器内や腹部の臓器間に異常な瘢痕組織が形成されます。その結果、不妊症や慢性骨盤痛が起こることがあります。炎症の期間が長く重症度が高いほど、また、再発を繰り返すほど、不妊症などの合併症のリスクが高くなります。リスクは感染を起こすたびに高くなります。
骨盤内炎症性疾患にかかったことがある女性では、卵管妊娠(異所性妊娠 異所性妊娠 異所性妊娠とは、卵管などの異常な部位に受精卵が着床することです。 異所性妊娠では、胎児は生存できません。 異所性妊娠が破裂すると、しばしば腹痛や性器出血が起こり、治療しなければ死に至ることがあります。 診断は血液検査および超音波検査(主に胎児の位置を調べるために行う)の結果に基づきます。... さらに読む の一種)の発生率が6~10倍に増加します。卵管妊娠では、胎児が子宮ではなく卵管で成長します。卵管妊娠は母体の生命を脅かし、胎児は生存できません。
骨盤内炎症性疾患の診断
医師による評価
子宮頸部から採取したサンプルの検査
妊娠検査
ときに超音波検査または腹腔鏡検査
下腹部の痛みまたは原因不明のおりものがある女性で、特に妊娠可能年齢であるか、おりものに膿が混じる場合には、医師は骨盤内炎症性疾患を疑います。 内診 内診 婦人科の診療では、性生活、避妊、妊娠、更年期に関する問題などのデリケートな事柄を扱うため、こうした内容について気兼ねなく相談できる専門家を選んでおくべきです。米国では、医師、助産師、ナースプラクティショナー、医師助手などが受診先となっています。 婦人科の評価には 婦人科の病歴聴取および婦人科の診察が含まれます。 婦人科の診察とは具体的には女性の生殖器系の診察を指します。乳房の診察も含まれます。内診は女性の状況や希望に応じて行われます。た... さらに読む を含む身体診察を行います。内診の際の骨盤部の痛みは、骨盤内炎症性疾患の診断を裏付けます。
子宮頸部から綿棒でサンプルを採取し、淋菌感染症やクラミジア感染症にかかっていないかどうかを調べます。こういった検査で淋菌感染症やクラミジア感染症が検出されない場合でも、骨盤内炎症性疾患である可能性は残ります。
卵管妊娠によって骨盤内炎症性疾患のような症状が出ることもあるため、妊娠検査で妊娠を確認します。他の症状や臨床検査の結果も診断の確定に役立ちます。
痛みのため十分な身体診察を行うことができない場合や、さらに詳しい情報が必要な場合には、骨盤内超音波検査を行います。この検査で、卵管や卵巣の膿瘍、卵管妊娠を見つけることができます。
それでも診断を確定できない場合や、治療の効果が得られない場合は、へその近くを小さく切開して 腹腔鏡 腹腔鏡検査 医師は、 スクリーニング検査を勧めることがあります。スクリーニング検査とは、症状がない人に対して病気の有無を調べるために行われる検査です。女性に生殖器系に関連する症状(婦人科疾患の症状)がある場合、症状を引き起こしている病気を特定するための検査( 診断目的の検査)が必要になることがあります。 婦人科領域では以下の2つのスクリーニング検査が重要です。 子宮頸がん(子宮の下部のがん)の有無を調べるためのパパニコロウ検査などの細胞診またはヒト... さらに読む (観察用の管状の機器)を挿入し、腹腔の内部を観察したり、検査用に体液のサンプルを採取することがあります。この処置により、通常は骨盤内炎症性疾患の診断を確定または除外できます。
骨盤内炎症性疾患の予防
骨盤内炎症性疾患の予防は、女性が健康を保ち、妊よう性を維持する上で不可欠です。
性行為によって感染する骨盤内炎症性疾患を避ける確実な方法は、性交を控えることです。しかし、性交をもつパートナーが1人だけの女性は、自分のパートナーのどちらも性感染症を引き起こす細菌に感染していない限り、骨盤内炎症性疾患になるリスクは非常に低いです。
コンドーム コンドーム バリア法とは、子宮内への精子の進入を物理的に阻止する避妊法です。具体的には、コンドーム、ペッサリー、子宮頸管キャップ、避妊用ゼリー、避妊用スポンジ、殺精子剤(発泡剤、クリーム剤、坐薬)などがあります。これらの避妊薬や避妊用具は、性交のたびに女性またはそのパートナーが使用するようにします。 コンドームとは、陰茎にかぶせる避妊用の薄い袋です。ラテックス製のコンドームは、 淋菌感染症や... さらに読む は、正しく使用すれば骨盤内炎症性疾患の予防に役立ちます。効果を得るためには、コンドームは性交のたびに正しく使用する必要があります。
骨盤内炎症性疾患の治療
抗菌薬
必要があれば排膿
通常はできるだけ早く、淋菌感染症やクラミジア感染症に効果のある抗菌薬を内服するか、筋肉内に注射します。重篤な合併症を防ぐために、迅速な治療が必要です。検査結果が得られた後、必要に応じて抗菌薬を変更します。
ほとんどは通院して抗菌薬を内服することで治療できます。しかし、以下の状況では入院が必要になります。
72時間以内に病状が軽快しない場合
重度の症状や高熱がみられる場合
妊娠が疑われる場合
膿瘍が疑われる場合
嘔吐があるため抗菌薬を内服できない場合
医師が骨盤内炎症性疾患の診断を確定できず、考えられる原因として手術が必要な病気(虫垂炎など)を除外できない場合
入院中は、抗菌薬を静脈内投与します。
抗菌薬を使用しても膿瘍が消失しない場合は、膿を排出する処置(排膿)を行うことがあります。多くの場合、膿の排出には注射針を使用します。皮膚を小さく切開し、超音波やCTなどの検査画像をガイドとして注射針の位置を確認しながら、切開した部分から膿瘍に注射針を挿入します。膿瘍が破裂した場合は、緊急手術が必要になります。
抗菌薬治療が完了して、感染が根治したことを医師が確認するまでは、たとえ症状が消えていても性交を控える必要があります。
最近のセックスパートナーは全員、淋菌感染症やクラミジア感染症の検査を受け、必要であれば治療を行うべきです。骨盤内炎症性疾患は、診断と治療が適切であれば完治する可能性が高い病気です。