網膜芽細胞腫は遺伝子の変異によって発生します。
瞳孔が白くなったり、斜視がみられたりすることがあり、ときに視覚障害がみられることもあります。
医師は、麻酔を施し、特殊な器具を用いて眼を調べることで、網膜芽細胞腫と診断できることがよくあります。
治療では、手術、化学療法、ときには放射線療法が行われます。
(小児がんの概要 小児がんの概要 小児におけるがんはまれです。2021年の米国では、0~14歳の小児10,500人ががんと診断され、1100人強の小児ががんにより死亡すると推定されています。また、15~19歳の青年5100人ががんと診断され、約600人ががんにより死亡すると推定されています。これに対し成人では、190万人ががんと診断され、約608... さらに読む も参照のこと。)
網膜芽細胞腫は小児がんの約2%を占め、ほぼ必ず2歳未満で発生します。約25%の小児で、左右の眼に同時に網膜芽細胞腫が発生します。
網膜芽細胞腫は、眼の発達を制御する特定の遺伝子の変異によって発生します。この変異は親から遺伝することがあります。また、胎児のごく初期の発生段階で自然に(遺伝ではなく)変異が起こることもあります。
その変異が遺伝する場合、同じ変異が患児の子どもにも受け継がれる可能性があります。片方の親にその変異がある場合、変異を受け継いだ子どもが生まれる確率は50%です。その変異が遺伝した場合、その子どもの大半が網膜芽細胞腫を発症します。両眼に網膜芽細胞腫が発生した小児の場合はすべて遺伝性です。片眼だけに発生した小児の場合、15%が遺伝性です。
ほかには、胎児発生の後期になってから変異が起こったり、眼の細胞のみに変異が発生したりする場合があります。このような場合では、変異は子孫に受け継がれません。
網膜の構造
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一般的に網膜芽細胞腫は眼から転移しませんが、ときおり視神経(眼から脳に通じる神経)を通って脳に転移することがあります。網膜芽細胞腫が骨髄や骨といった他の場所に転移することもまれにあります。
網膜芽細胞腫の症状
網膜芽細胞腫の症状には、白色瞳孔や寄り目(斜視 斜視 斜視(眼位のずれ)は、片側の眼の向きがときに(間欠性)、または常にずれているために(恒常性)、その眼の視線が、もう片方の眼が見ている物体の方向を向いていない状態です。斜視を治療しなければ、 弱視(視力の低下)や恒久的な視力障害に至ることがあります。 斜視の治療では、屈折異常の矯正、アイパッチまたは点眼薬による弱視の治療のほか、場合によっては手術が行われます。 斜視は、左右の眼の向きがずれている状態です。... さらに読む )などがあります。
網膜芽細胞腫が大きくなると視力障害が生じることがありますが、それ以外の症状はあまり現れません。このがんが広がっている場合の症状には、頭痛、食欲不振、嘔吐などがあります。
網膜芽細胞腫の診断
小児に麻酔を施して行う、特殊な器具による眼の診察
眼の超音波検査、CT検査、MRI検査
場合により骨シンチグラフィー、骨髄検査、腰椎穿刺
網膜芽細胞腫が疑われる場合、小児に 全身麻酔 全身麻酔 手術とは、従来、病気やけが、体の変形を治療する目的で組織を手作業で切ったり塗ったりする処置(外科的処置といいます)を指すのに用いられてきた用語です。しかし、手術手技の進歩により、この定義はより複雑になっています。組織を切るのにメスではなくレーザーや放射線、その他の手法が用いられることもあれば、縫合せずに傷口を閉じることもあります。... さらに読む を施し、意識がない状態で両眼を調べます。水晶体と虹彩の先の網膜を調べるために、光と特別なレンズ(倒像検眼鏡による眼底検査)が必要です。この検査は網膜芽細胞腫の診断に不可欠ですが、慎重に行わなくてはならない時間のかかる検査です。年少の小児は検査中にじっとしていられないため、全身麻酔が必要になります。
眼の超音波検査、 CT検査 CT検査 CT検査(以前はCAT検査とよばれていました)では、X線源とX線検出器が患者の周りを回転します。最近の装置では、X線検出器は4~64列あるいはそれ以上配置されていて、それらが体を通過したX線を記録します。検出器によって記録されたデータは、患者の全周の様々な角度からX線により計測されたものであり、直接見ることはできませんが、検出器からコンピュータに送信され、コンピュータが体の2次元の断面のような画像(スライス画像)に変換します。(CTとは... さらに読む や MRI検査 MRI検査 MRI検査は、強い磁場と非常に周波数の高い電磁波を用いて極めて詳細な画像を描き出す検査です。X線を使用しないため、通常はとても安全です。( 画像検査の概要も参照のこと。) 患者が横になった可動式の台が装置の中を移動し、筒状の撮影装置の中に収まります。装置の内部は狭くなっていて、強い磁場が発生します。通常、体内の組織に含まれる陽子(原子の一部で正の電荷をもちます)は特定の配列をとっていませんが、MRI装置の中で発生するような強い磁場の中に... さらに読む でも、このがんを特定できます。これらの検査は、がんが脳に転移していないかどうかを判断するためにも役立ちます。医師は、髄液のサンプル中にがん細胞がないかを調べるために、 腰椎穿刺 腰椎穿刺 病歴聴取と 神経学的診察によって推定された診断を確定するために、検査が必要になることがあります。 脳波検査は、脳の電気的な活動を波形として計測して、紙に印刷したりコンピュータに記録したりする検査法で、痛みを伴わずに容易に行えます。脳波検査は以下の特定に役立つ可能性があります。 けいれん性疾患 睡眠障害 一部の代謝性疾患や脳の構造的異常 さらに読む も行うことがあります。髄液中にがん細胞が検出されれば、がんが脳に転移している証拠となります。
網膜芽細胞腫は骨や骨髄に転移するおそれがあるため、 骨シンチグラフィー 骨シンチグラフィー 筋骨格系の病気は、病歴と 診察の結果に基づいて診断されることがよくあります。医師が診断を下したり確定したりするのを助けるために、 臨床検査や 画像検査、 その他の診断方法が必要になることがあります。 筋骨格系の病気の診断には、臨床検査がしばしば役立ちます。例えば、赤血球沈降速度(赤沈)は、血液が入った試験管の中で赤血球が底に沈んでいく速さを測定する検査です。炎症が起きていると、通常は赤沈の値が上昇します。しかし、炎症は非常に多くの病態で... さらに読む を行ったり、 骨髄のサンプルを採取 骨髄検査 赤血球、ほとんどの 白血球、 血小板は、骨髄という骨の中にある脂肪に富んだ柔らかい組織でつくられます。場合によっては、血球が異常となった原因や、特定の種類の血球が少なすぎたり、多すぎたりする原因を特定するために、骨髄サンプルを調べなければならないことがあります。骨髄サンプルを採取するには、次の2つの方法を用いることができます。 骨髄穿刺(こつずいせんし):骨髄に針を刺して骨髄液と細胞を吸引することによって、骨髄液と細胞を採取する方法... さらに読む して調べたりすることがあります。
網膜芽細胞腫の小児は遺伝専門医の診察を受けて、遺伝子検査を受ける必要があります。遺伝専門医は、他の家族にリスクがあるかどうか、他の検査が必要かどうかについて助言することができます。一般的には、小児に遺伝性の網膜芽細胞腫遺伝子が認められた場合、その親や兄弟姉妹も変異遺伝子がないか検査を受けるべきです。変異遺伝子を有する兄弟姉妹は、網膜芽細胞腫の有無を調べる眼の検査を4歳まで4カ月に1回受ける必要があります。遺伝子検査が利用できない場合、網膜芽細胞腫を患った親や兄弟姉妹がいる小児はすべて、そのような眼の検査を生後から4歳まで継続して受けるべきです。網膜芽細胞腫がある小児の家族では、成人であっても眼の検査を受ける必要があります。成人に網膜芽細胞腫が発生することはありませんが、網膜芽細胞腫の原因となる遺伝子は、網膜細胞腫と呼ばれる良性の(がんではない)眼腫瘍を引き起こすこともあります。
網膜芽細胞腫の予後(経過の見通し)
治療しなければ、網膜芽細胞腫の小児患者のほとんどが2年以内に死亡します。しかし、治療を行えば、網膜を越えて広がっていない網膜芽細胞腫の小児患者の90%以上が治癒します。がんが広がっている小児では予後が不良です。
遺伝性の網膜芽細胞腫の小児患者では、軟部肉腫、 黒色腫 黒色腫 黒色腫(メラノーマとも呼ばれます)は、色素を作り出す皮膚細胞(メラノサイト)から発生する皮膚がんです。 黒色腫は、正常な皮膚から発生する場合もあれば、すでにあった ほくろから発生する場合があります。 皮膚に様々な色の斑点を伴う平坦または隆起した褐色の不規則な皮疹、あるいは黒または灰色の硬い隆起が現れます。 黒色腫の診断を下すには、生検を行います。 黒色腫を切除します。 さらに読む 、 骨肉腫 骨肉腫(骨原性肉腫) 最初から骨に発生する腫瘍は原発性骨腫瘍と呼ばれます。原発性骨腫瘍には、がんではない良性腫瘍と、がんである悪性腫瘍があります。 がんの診断がついたら、 病期診断が行われます。病期(ステージ)とは、がんの侵攻性(腫瘍細胞の顕微鏡下での見た目に基づいて、そのがんが広がる可能性がどれくらいあるか)や、大きさ、周辺の組織に広がっているかどうか、遠く離れたリンパ節や臓器に転移しているかどうかなどを基準として、そのがんがどれくらい進行しているかを示す... さらに読む などの二次がんが発生するリスクが高くなります。二次がんの約半数は、放射線療法を行った部分に発生します。網膜芽細胞腫の発生から30年以内に二次がんが発生する割合は約70%です。
網膜芽細胞腫の治療
手術による眼の摘出
化学療法
放射線療法、レーザー、凍結療法
(がん治療の原則 がん治療の原則 がんの治療は、医療の中でもとりわけ複雑なものの1つです。治療には、様々な医師(かかりつけ医、婦人科医やその他の専門医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、外科医、病理医など)とその他の様々な医療従事者(看護師、放射線技師、理学療法士、ソーシャルワーカー、薬剤師など)が1つのチームとなって取り組みます。 治療計画では、がんの種類、位置、 病期(がんの大きさや広がりがどれぐらいか)、遺伝学的特徴などのほか、治療を受ける人に特有の特徴を考慮に入れます。... さらに読む と がんの手術 がんの手術 手術は、がんに対して昔から用いられてきた治療法です。大半のがんでは、リンパ節や遠く離れた部位に転移する前に除去するには、手術が最も効果的です。手術のみを行う場合もあれば、 放射線療法や 化学療法などの治療法と併用する場合もあります( がん治療の原則も参照)。医師は以下の他の治療を行うことがあります。 手術前に腫瘍を小さくする治療(術前補助療法) 手術後にできるだけ多くのがん細胞が除去されるようにする治療(術後補助療法)... さらに読む も参照のこと。)
網膜芽細胞腫があるのが片側の眼だけで、その眼にほとんど、またはまったく視力がない場合には、通常、視神経の一部とともに眼球全体を摘出します。
がんが両眼にある場合、医師は両眼を摘出することなくがんを治療することで少しでも視力が保たれるよう努めますが、ときに最も重度の眼を摘出することもあります。治療選択肢には、眼に血液を供給する主要な動脈から化学療法薬を直接注入する方法(動注化学療法と呼ばれます)、 放射線療法 がんに対する放射線療法 放射線は、コバルトなどの放射性物質や、粒子加速器(リニアック)などの特殊な装置から発生する強いエネルギーの一種です。 放射線は、急速に分裂している細胞や DNAの修復に困難がある細胞を優先的に破壊します。がん細胞は正常な細胞より頻繁に分裂し、多くの場合、放射線によって受けた損傷を修復することができません。そのため、がん細胞はほとんどの正常な細胞よりも放射線で破壊されやすい細胞です。ただし、放射線による破壊されやすさはがん細胞によって異な... さらに読む 、レーザー、凍結療法、密封小線源治療(放射性物質を含むパッチを貼る治療)があります。
経口または静脈内投与する 化学療法薬 化学療法とがんに対する他の全身療法 全身療法とは、がんに対して直接行うのではなく、身体全体に影響を及ぼす治療法です。化学療法は全身療法の一種であり、薬物を用いてがん細胞を死滅させるか、または増殖を阻止します。 がんの全身療法には次のようなものがあります。 ホルモン療法 化学療法(抗がん剤) 分子標的療法 さらに読む の組合せ(カルボプラチンとエトポシドとビンクリスチン、シクロホスファミドとビンクリスチンなど)を用いて、片眼の大きな腫瘍の縮小、両眼の腫瘍の縮小、眼を超えて広がっているがんの治療、初期治療後に再発したがんの治療を行うことがあります。
眼に放射線療法を行うと、白内障、視力低下、慢性的なドライアイ、眼の周辺組織がやせるなど、重篤な影響が出ます。顔面の骨が正常に発達せず、外見が損なわれることがあります。その上、放射線療法を受けた部分に二次がんが発生するリスクが高まります。
治療後には、二次がんの発生リスクがあるため、小児がんの治療を専門とする医師(小児腫瘍医)と眼科医が小児のモニタリングを継続する必要があります。
さらなる情報
役立つ可能性がある英語の資料を以下に示します。こちらの情報源の内容について、MSDマニュアルでは責任を負いませんのでご了承ください。
米国がん協会:あなたの子どもががんと診断されたら(If Your Child Is Diagnosed With Cancer):がんになった小児の親や家族向けの情報源で、診断直後に生じる問題や疑問にどう対処するかについて情報を提供している