全身療法とは、がんに対して直接行うのではなく、身体全体に影響を及ぼす治療法です。化学療法は全身療法の一種であり、薬物を用いてがん細胞を死滅させるか、または増殖を阻止します。
がんの全身療法には次のようなものがあります。
ホルモン療法
化学療法(抗がん剤)
分子標的療法
免疫療法
遺伝子治療
他の様々ながん治療薬
免疫療法は、がんの全身療法の1つで、がんに対する体の 免疫系 免疫系の概要 人間の体には、異物や危険な侵入物から体を守る仕組みとして、免疫系が備わっています。侵入物としては以下のものがあります。 微生物( 細菌、 ウイルス、 真菌など) 寄生虫(蠕虫[ぜんちゅう]など) がん細胞 移植された臓器や組織 さらに読む を刺激します(がんの免疫療法 がんの免疫療法 免疫療法は、がんに対抗するために体の 免疫系を活性化するために行われます。そのような治療では、腫瘍細胞の特定の遺伝学的特徴を標的にします。腫瘍の遺伝学的特徴は、がんが発生する器官に左右されません。そのため、このような薬は多くの種類のがんに対して効果的な可能性があります。( がん治療の原則も参照のこと。) 免疫系を刺激するために使用される治療にはいくつかの種類があります。また、がん治療のこの領域は精力的に研究されています。米国国立がん研究... さらに読む を参照)。
承認されたがん治療法の数は急速に増加しています。米国国立がん研究所(National Cancer Institute)は、がんの治療に使用される薬の最新の一覧を整備しています。この一覧は、それぞれの薬の使用法についての簡潔な概要と、詳しい情報へのリンクを提供しています。
すべてのがんが化学療法に反応するとは限りません。がんの種類によって、使う薬の種類や組合せ、投与量と治療スケジュールが決定されます。化学療法のみで治療が行われることもあれば、 放射線療法 がんに対する放射線療法 放射線は、コバルトなどの放射性物質や、粒子加速器(リニアック)などの特殊な装置から発生する強いエネルギーの一種です。 放射線は、急速に分裂している細胞や DNAの修復に困難がある細胞を優先的に破壊します。がん細胞は正常な細胞より頻繁に分裂し、多くの場合、放射線によって受けた損傷を修復することができません。そのため、がん細胞はほとんどの正常な細胞よりも放射線で破壊されやすい細胞です。ただし、放射線による破壊されやすさはがん細胞によって異な... さらに読む 、 手術 がんの手術 手術は、がんに対して昔から用いられてきた治療法です。大半のがんでは、リンパ節や遠く離れた部位に転移する前に除去するには、手術が最も効果的です。手術のみを行う場合もあれば、 放射線療法や 化学療法などの治療法と併用する場合もあります( がん治療の原則も参照)。医師は以下の他の治療を行うことがあります。 手術前に腫瘍を小さくする治療(術前補助療法) 手術後にできるだけ多くのがん細胞が除去されるようにする治療(術後補助療法)... さらに読む 、または免疫療法と併用して治療が行われることもあります(がん治療の原則 がん治療の原則 がんの治療は、医療の中でもとりわけ複雑なものの1つです。治療には、様々な医師(かかりつけ医、婦人科医やその他の専門医、腫瘍内科医、放射線腫瘍医、外科医、病理医など)とその他の様々な医療従事者(看護師、放射線技師、理学療法士、ソーシャルワーカー、薬剤師など)が1つのチームとなって取り組みます。 治療計画では、がんの種類、位置、 病期(がんの大きさや広がりがどれぐらいか)、遺伝学的特徴などのほか、治療を受ける人に特有の特徴を考慮に入れます。... さらに読む も参照)。
がんに対するホルモン療法
ホルモンは、 内分泌腺 内分泌腺 内分泌系は、ホルモンをつくって分泌することにより体の様々な機能の調節や制御を行う腺や器官の集まりです。ホルモンとは、体の他の部分の働きに影響を与える化学物質のことです。ホルモンはメッセンジャーとして働き、体のそれぞれの部位の活動を制御し、協調させます。 内分泌腺は、血流中にホルモンを直接放出します。... さらに読む によって産生されるタンパク質で、標的とする組織や臓器の活動に影響を及ぼします。ホルモンはメッセンジャーとして働き、体のそれぞれの部位の活動を制御し、協調させます。がんの中には、ホルモンにさらされると、増殖と進展が加速するものがあります。したがって、これらのホルモンの影響を逆転させることで、一部のホルモン依存性のがんをコントロールできることがあります。しかし、そのような薬によって、ホルモンの欠乏による症状が引き起こされる可能性もあります。
例えば、 前立腺がん 前立腺がん 前立腺がんは、男性だけにある臓器である前立腺の小さな領域で発生します。 前立腺がんのリスクは年齢とともに高くなります。 排尿困難、頻尿や急な尿意、血尿などの症状は通常、がんが進行するまで現れません。 この種のがんは転移する可能性があり、最も転移しやすい部位は骨とリンパ節です。 症状のない男性で前立腺がんの可能性をチェックするために、医師が手袋をはめた指で直腸内から前立腺を診察する直腸指診や血液検査(PSA)を行うことがあります。 さらに読む は、男性ホルモンのテストステロンやその他のアンドロゲン性ステロイドにさらされると増殖が速くなります。そのため、前立腺がんの治療には抗アンドロゲン療法が一般的に用いられます。リュープロレリン、ゴセレリンなどの一部の抗アンドロゲン薬は、 下垂体 下垂体の概要 下垂体はエンドウマメ大の腺で、脳基底部の骨でできた構造(トルコ鞍[あん])の内部に収まっています。トルコ鞍は下垂体を保護していて、下垂体が大きくなる余地はほとんどありません。 下垂体は他の多くの内分泌腺の働きを制御しているため、内分泌中枢とも呼ばれます。また、下垂体は脳内でそのすぐ上に位置している視床下部に大部分を制御されています。視床下... さらに読む が精巣を刺激してテストステロンを分泌させる働きを抑えます。フルタミド、ビカルタミド、ニルタミドなどの他のホルモン療法薬は、テストステロンの作用を遮断するために使用されます。これらのホルモン療法薬は前立腺がんを治癒させることはありませんが、前立腺がんの増殖と進展を遅らせることができます。ただし、これらの薬はテストステロンの欠乏による症状を引き起こすことがあり、具体的には、ほてり(ホットフラッシュ)や骨粗しょう症、気力の低下、筋肉量の減少、むくみによる体重増加、性的欲求の低下、体毛の減少、勃起障害、乳房の肥大などの症状があらわれることがあります。
一部の 乳がん 乳がん 乳がんは、乳房の細胞が異常をきたし制御不能に分裂することで発生します。通常は、乳汁を作る乳腺(小葉)または乳腺から乳頭(乳首)へ乳汁を運ぶ乳管にがんが発生します。 乳がんは、女性がかかるがんの中で発症数が最も多く、がんによる死亡の中では第2位を占めています。 通常、最初に現れる症状は痛みのないしこりで、自分で気づくことがほとんどです。 乳がんスクリーニングの推奨は様々で、定期的なマンモグラフィー、医師による乳房の診察、乳房自己検診などが... さらに読む は、女性ホルモンのエストロゲンやプロゲステロンにさらされると増殖が速くなります。タモキシフェンやラロキシフェンなどの薬剤は、エストロゲン受容体に結合し、エストロゲン受容体がある乳がんの増殖を阻害します。このような薬は、乳がんの発生リスクも低減させます。アナストロゾールなどのアロマターゼ阻害薬は、エストロゲンの産生を減少させ、同様の効果があります。
ホルモン療法は単独で行われることもあれば、他の種類のがん治療と併用されることもあります。
化学療法
化学療法では、がん細胞を破壊するために薬剤を使用します。正常な細胞を傷つけることなくがん細胞だけを破壊することができる薬が理想的ですが、ほとんどの薬剤はそれほどの選別ができません。その代わりに、薬は正常な細胞よりもがん細胞のほうに大きな損傷を与えるよう設計され、一般的には、細胞の増殖能力に影響を及ぼす薬剤を用います。無秩序で急速な増殖ががん細胞の特徴です。ただし、正常な細胞も増える必要があり、なかにはかなり速いスピードで増えるものあるため(例えば骨髄の細胞、口腔や腸の粘膜の細胞など)、いずれの化学療法薬も正常な細胞に影響を及ぼし、副作用を引き起こします。
化学療法はがんの治癒を目的として行われます。さらに、がんが再発する可能性を減らしたり、がんの増殖を遅らせたり、痛みなどの問題を引き起こしている腫瘍を小さくしたりできる可能性もあります。
大量化学療法
抗がん剤の腫瘍破壊作用を高めるために、化学療法薬の用量を増やすことがあります。化学療法のサイクル間の休薬期間を短縮することもあります。休薬期間を短縮して行う大量化学療法は、白血病、リンパ腫、肺がん、膵臓がん、消化器がん、乳がんなど、多くのがんでごく普通に用いられています。
大量化学療法は、標準の用量の化学療法を受けた後にがん(特に骨髄腫、リンパ腫、白血病)が再発した際の治療として行われることもあります。ただし、大量化学療法は骨髄に生命を脅かすほどの損傷を与える可能性があります。そのため、一般的に大量化学療法は骨髄を保護する手段(救援)と組み合わせて行われます。骨髄の救援では、化学療法の前にあらかじめ患者本人から骨髄細胞が採取され、化学療法後に体内に戻されます。また、骨髄ではなく血液からこの細胞を分離して採取し、化学療法後に注入して骨髄機能を回復させる場合もあります。
分子標的薬
効果を高める1つのアプローチとして、がん細胞の特異的な変異を標的とする薬剤を使用する方法があります。このような薬剤は、がん細胞の増殖および生存に不可欠な特定の経路および過程を標的とすることによってがん細胞を制御します。イマチニブなどのチロシンキナーゼという酵素を阻害する薬剤は、 慢性骨髄性白血病 慢性骨髄性白血病(CML) 慢性骨髄性白血病は、正常なら好中球、好塩基球、好酸球、単球と呼ばれる種類の 白血球に成長する細胞ががん化して、骨髄の正常な細胞を締め出してしまう、進行の緩やかな病気です。 ( 白血病の概要も参照のこと。) 疲労感、食欲不振、体重減少などの非特異的な症状がみられる段階があります。 病気が進行するにつれて、リンパ節や脾臓の腫大に加え、顔が青白くなったり、あざや出血を起こしやすくなったりします。... さらに読む や特定の消化器がんに非常に効果的です。エルロチニブ、ゲフィチニブ、およびオシメルチニブは、上皮増殖因子受容体(EGFR)の変異を標的としており、この変異がみられる肺がんの治療に使用されています。分子標的薬は、他の白血病、乳がん、腎臓がんなどを含む他の多くのがんの治療に有用であることが実証されています。
遺伝子治療
遺伝子の変化(変異)ががんを引き起こすことから、研究者らは遺伝子を操作してがんと闘う方法を探しています。
遺伝子治療の1つの形態として、 T細胞 T細胞 体の防衛線( 免疫系)の一部には 白血球が関わっていて、それらの白血球は血流に乗って体内を移動して組織の中に入り込み、微生物などの異物を見つけ出して攻撃します。( 免疫系の概要も参照のこと。) この防衛線は以下の2つの部分で構成されています。 自然免疫 獲得免疫 獲得免疫(適応または特異免疫)は、生まれたときには備わっておらず、後天的に獲得されるものです。獲得のプロセスは、免疫系が異物に遭遇して、非自己の物質(抗原)であることを認識した... さらに読む (免疫細胞の一種)の遺伝子を改変する方法があります— 改変T細胞 T細胞 体の防衛線( 免疫系)の一部には 白血球が関わっていて、それらの白血球は血流に乗って体内を移動して組織の中に入り込み、微生物などの異物を見つけ出して攻撃します。( 免疫系の概要も参照のこと。) この防衛線は以下の2つの部分で構成されています。 自然免疫 獲得免疫 獲得免疫(適応または特異免疫)は、生まれたときには備わっておらず、後天的に獲得されるものです。獲得のプロセスは、免疫系が異物に遭遇して、非自己の物質(抗原)であることを認識した... さらに読む も参照。患者の血液からT細胞を採取し、遺伝子を改変してその患者の特定のがんを認識するようにします。改変されたT細胞は、キメラ抗原受容体細胞またはCAR-T細胞と呼ばれ、患者の血液へと戻されてがん細胞を攻撃します。CAR-T細胞は、急性リンパ性白血病、多発性骨髄腫、リンパ腫の患者の治療に使用できます。
まだ実験段階にある新しい技術により、新たな遺伝子を細胞に挿入したり、異常遺伝子のスイッチをオフにしたり、有用な遺伝子の活性を高めたりすることが可能になっています(遺伝子治療 遺伝子治療 遺伝子治療は、遺伝子機能を変化させる治療と定義されていますが、多くの場合、特定の遺伝性疾患があって正常な遺伝子をもたない人の細胞に正常な遺伝子を挿入する治療であると考えられています。この治療法は遺伝子導入療法と呼ばれています。他者から提供された正常なDNA(デオキシリボ核酸)から、 PCR(ポリメラーゼ連鎖反応)法を用いて正常遺伝子を作製することができます。現在のところ、このような遺伝子導入療法は、嚢胞性線維症のような単一遺伝子疾患の予... さらに読む も参照)。医師たちは、これらの技術がいつの日かがんの治療に役立つことを願っています。
その他の薬
がん細胞は未熟な細胞で、急速に増殖するため、ある種類の薬はがん細胞がもっと速く成熟(分化)するよう促し、腫瘍の増殖を遅らせます。このような分化誘導薬は短期間しか効果がないことがあるため、多くの場合は 多剤併用化学療法 がんの併用療法 抗がん剤は、複数の薬を組み合わせて使用する場合に最も効果的です。併用療法の原理は、異なる仕組みで作用する薬を用いることで、治療抵抗性のがん細胞が発生する可能性を減らすというものです。異なる効果をもつ薬を併用する場合は、耐えがたい副作用を伴うことなくそれぞれの薬を最適な用量で使用できます。( がん治療の原則も参照のこと。) 一部のがんでは、 がん手術、 放射線療法、 化学療法または他の抗がん剤を組み合わせるのが最善の方法です。手術と放射線... さらに読む で使用されます。
血管新生阻害薬は、腫瘍が新しい血管を作るのを妨げます。血管の成長が妨げられると、がんが増殖するために必要な血液が十分に供給されなくなります。一部の薬は、がん細胞に向かって血管が作られるのを妨げることができます。ベバシズマブは、静脈から投与されるモノクローナル抗体で、血管が必要とする増殖因子を阻害します。この薬剤は、腎臓がんおよび結腸がんに対して効果があります。ソラフェニブやスニチニブなどの他の薬剤は、血管の増殖因子の受容体を遮断します。これらは腎臓がんや肝臓がんに効果がある場合があります。
また別の薬として、がん細胞がさらに増殖するための信号を送るのに利用される仕組み(経路)を標的にするものもあります。